2026年7月2日木曜日

百条委員会ものがたり②

紋別市議会

 
百条委員会


 避暑地化事業と空港利用促進事業にかかわる不正事案の解明に乗り出した市議会百条委員会ですが、船出はそう簡単ではありませんでした。

 まず、市議会議員全員でのスタートのはずが、5人の議員が辞退し、11人の議員での出発となったのです。

 次に取り組んだのが、調査資料の提出要請です。

 紋別市や紋別観光振興公社に関係資料の提出を求めるものです。

   その中でネックになったのが、中島氏、岩井氏の公判記録の提出でした。公判記録は閲覧しか出来ません。そのため検察庁に出向いて転記するしかありません。

 市の検証委員会は、職員による転記を行い膨大な公判記録を手に入れていました。その記録は市の公文書であり、百条委員会としてその提出を求めたのです。が、市が行う調査でのみ使用が許可されたもの、という理由で百条委員会への提出は拒否されたのです。

 しかし、その資料は絶対に必要です。そこで、百条委員会としても贈収賄事件の刑事確定記録を手に入れるため、北見市の裁判所に出向きすべてを閲覧、複写するという大作戦を決行しました。そこには、伊藤弁護士の尽力がありました。最終的に、その資料が中島氏の供述の内容を裏付ける決定的な資料となったのです。

 次の課題は、弁護士の選任です。

 今回の事件は、法的な要素が絡むためどうしても専門的な助言・アドバイスが必要です。そのため、百条委員会として顧問弁護士をつけることにしました。

 問題は、その選任です。誰でもいいというわけにはいきません。

 その選任に白羽の矢が立ったのが私でした。

 この百条委員会は不正を解明し正すためにある。そのためには不正と闘う弁護士でなければだめだ。そいう弁護士を知っているのは共産党の野村しかいない。という理由で、私が弁護士を見つけることになったのです。

 確かに「闘う弁護士」の知り合いはいるものの、自治体の百条委員会となると話は別です。まずは、札幌市の知己のある弁護士事務所に相談。すぐに若手の弁護士3人によるチームが結成され、紋別で勉強会まで開催したものの、紋別市の別の裁判との関係で、その事務所とは契約できないことが判明したのです。

 これには焦りました。急遽、つてからつてに電話をつないで、最後にたどり着いたのが、札幌協和法律事務所の伊藤誠一氏だったのです。

 私の電話での説明だけで「いいでしょう。引き受けます」と言ってくれたのです。

 後で知ったことですが、伊藤氏は札幌弁護士会会長、日弁連副会長などを歴任した方で、過労死やじん肺訴訟などに携わった、まさに闘う弁護士だったのです。

 何度となく紋別まで足を運んでいただき、弁護士料はほぼ実費のみ。最後まで、貴重なアドバイスをいただきました。伊藤弁護士なしには、あの報告書は完成していなかったでしょう。

 さて、今度は手元に届いた資料を読み込み、分析する番です。そして、論点をまとめ、いよいよ証人尋問が始まります。誰を呼ぶか、何を聞くか、その順番をどうするか、議論が続きました。

 そしてついに令和6年12月19日、1回目の証人尋問の日を迎えました。