2015年8月10日月曜日

安心してお産ができる街に~遠紋で共同の取り組みを

 8月3日、遠軽厚生病院の産婦人科医師の引き上げに伴う住民どうしの初会合が行われました。

 この会合は、2時間近くに及び、活発な意見交換が行われました。

 この会合の模様は、北海民友新聞に詳しく掲載されています。というのも、紋別から参加した「紋別の地域医療を育て守る会」のメンバーの中に、民友新聞の記者がいたからです。その記事を紹介します。

「病院・行政・住民の連携を」
    遠軽厚生産科問題~遠紋の住民が初会合で

  遠軽厚生病院(矢吹英彦院長)の産婦人科常勤医師3人のうち2人が9月末で旭川医大に引き上げ、10月以降の分娩・検診等の受け入れ態勢が大幅に縮小すると見られている問題に対し、住民レベルで対処方法を考えようとする有志による初会合が3日夜、遠軽町内で開かれた。話し合いでは、出産を控えた妊婦の不安解消を最優先とするほか、病院・行政への働きかけや住民・妊婦への啓蒙活動も必要との考えで一致した。また医師招へい活動も含め、情報を共有・一元化して遠紋総力で状況改善に取り組むため、病院、行政、住民が一体になった組織を立ち上げたいとの方向性も打ち出した。


「紋別の地域医療を育て守る会」が開催を呼びかけたもので、「守る会」から世話人の横内寿治市議、野村淳一市議ら3人が出席。遠軽側での呼びかけに応じた元助産師や妊婦、自治連合会長、町議ら11人と、計14人でざっくばらんに意見を交換した。
 10月以降の現実的な対応については、遠軽など東紋地区の妊婦は北見の病院へ、紋別など西紋地区の妊婦は名寄や旭川の病院への振り分けが想定されるが、一定数の正常分娩は遠軽厚生・広域紋別の両病院での受け入れも可能と見られる。
 

         「妊婦の不安は計り知れない」
 出席した元助産師は「分娩する病院の振り分けは必要になる。遠方で出産した場合、帰ってきてからの地域のフォローが大切。核家族化でお母さんは助けのメッセージを発せられずナーバスになりやすい。保健センターなどの社会資源を活用できることを、妊婦さんに知ってもらう取り組みも必要」など、周辺環境整備も進めるべきとの考えを示した。
 いっぽう11月に出産を予定している女性は「いま現在、産む所が決まっていないのが不安。自分で探すのか、病院から提示してもらえるのかも分からない」と心情を吐露した。その夫も「産むのは安全安心なところであれば良いと思うが、出産前後の検診で、妻が1歳半の上の子を連れて遠くの病院まで運転しなけれなならないのが怖い。行政なりが、手を差し伸べてくれないのかと思う。妻を含め、いまおなかに子どもがいるお母さんたちの不安は、計り知れない」と、状況が見通せないことへのいら立ちも交えて語った。
 
        交通費や宿泊費、費用面でも負担
 遠軽や湧別の女性町議らも「1つの自治体や厚生病院だけで対処できる問題ではない。北海道が指定する周産期病院なのだから、住民の声を道に届ける必要もある。住民、行政、病院などいろんな活動があっても良いが、最終的には1つのものにまとめ、さらに上の段階へ働きかけなければ」「遠方の病院での自然分娩であれば、前もってホテル等での待機が必要になるなど費用面でも負担が大きい。町に対しては、北見で出産できる3病院の情報が得られる窓口の開設もお願いしている」などと、対処へ向けた方向性や、既に実行している策について述べた。
 また横内市議と野村市議は、紋別の「守る会」での経験などから「医療は住民の思いを受けてくれる。啓蒙活動や講演会で頑張っている姿を見せることが必要。遠紋広域で守る会を結成して動かしていくことが重要だ。市町村がまたがると行政主導は動きにくいので、民間が主導するべき」「住民の声のバックアップがあると、自治体は道や国など上の組織に話をしやすい。遠紋の周産期拠点を守りたいという住民の声を集め、医局へ伝えることも将来の派遣再開に向けて有効では」などとアドバイスを送った。 

       住民意識の改革、情報一本化が要
 このほか出席者らは「この難局には遠紋2次医療圏全体での連携が必要。行政や民間がみんな集まり、病院を支える団体になれたら」「一人残る可能性のある医師をバックアップする形も作りたい」「詳しい人から話を聞く勉強会もあったら良い」など、様々な思いや願いが語られた。
 これらを受けて、遠軽側の取りまとめ役となった阿部君枝町議は「受診・出産病院の割り振り等に対する住民の意識を変えること、医師招へいも含めて情報を一本化することが求められる。限られた時間でなにができるか、会を重ねて少しでも見えるようにしたい」などと総括し、初会合を終えた。
 9月末における常勤医師2人の引き上げは不可避とされ、残る1人が退任する可能性も指摘されている。出産ができるかどうかは地域の存亡にもつながることから、圏域全体で危機感を持って対処しなければならない重大な局面を迎えている。

                          (2015年8月5日付け)

南相馬の子どもたち~そしてお別れ

 いよいよ最後の朝。昨晩は、このコムケ湖にある「三室番屋」に泊まった子どもたち。どことなくしんみり。

 9時半、バスに乗り込んで紋別を後にしました。




 バスの中から一生懸命手を振る姿が目に焼き付きます。
 
 ほっとしたと同時に、「やっぱり疲れたね」という言葉が口をつきます。でも、今回も参加できて良かった。本当にそう思う瞬間でもあります。

 この日もコムケ湖は快晴。さわやかな風が火照った顔を撫でていきました。

                     


南相馬の子どもたち~コムケでの1日

 南相馬の子どもたち、4日目はコムケ湖です。

 これまで天気は今一つで、曇り空が続いていたのですが、この日は、まさに上天気。夏の日差しが照りつける最高の天気になりました。

 早速、カヌー体験です。湖面は穏やか、最高のカヌー日和です。


 最初はおっかなびっくりだった子どもたちも、すぐにオールを使いこなし、歓声が湖面に響いてきます。

 今度は、海に出て波と遊びます。水温は少々冷たいものの、元気一杯。久しぶりの海の感触です。


 やがて、日が落ち始め、BBQの開始です。


 焼肉はもちろん、焼きとうきびにホタテの貝焼き、マスにツブ、ホッカイシマエビにウインナー。どれも地元産の食材ばかり。スタッフは大忙しです。子どもたちの食欲もたいしたものです。

 やがて、満天の星空。そして、花火。コムケ湖の楽しい1日が過ぎてゆきます。からだ一杯、こころ一杯、おなか一杯になった1日でした。そして、紋別最後の夜が更けてゆきます。

 私は、一気に日に焼けて、もう大変です。



南相馬の子どもたち~興部町での1日

 南相馬の子どもたちの3日目は、紋別市のお隣、興部町での1日です。ありがたいことに昨年から、興部町の教育委員会が全面協力してくれているのです。

 まずは、硲興部町長に表敬訪問です。子どもたちも緊張気味。


 その後、子どもたちは別会場で興部の子どもたちと合流。まずは、仲良くなるためにゲームなど。

 
 その後、モーモー城でパン作りとアイスクリーム、ピザづくりを体験。

         モーモー城
       オホーツク農業科学研究センター(モーモー城)

 その間、私と西代表はノースプレインファームに出かけました。

 ここの社長の大黒さんと南相馬の酪農家が懇意にしており、興部に行くなら寄ってきてくれ、と頼まれていたそうです。  
           
           

 残念ながら大黒社長は留守でしたが、それでも吉川部長と懇談。興味が尽きぬようで、次から次へと話が進みました。そして、おいしいソフトクリームをいただき、感激していたようです。

 戻ってみると、子どもたちは昼食中。焼き上がったパンやピザに舌鼓。

 私も、焼きたてのピザをいただきました。


 私はその後、途中で抜けることになっていた西代表を空港まで送っていきました。実は昨晩、西代表を囲んでスタッフ4人と飲み会を催しました。紋別の生きの良い刺身にホッケ、カニにシマエビと、紋別の味を堪能したのです。「いやー、楽しかった。今度は家族を連れてきてみたい」と、別れ際に笑顔で話してくれました。

 午後は、子どもたちは、沙留の浜で水遊びに興じたようです。


南相馬の子どもたち~西代表、南相馬の今を語る

 南相馬の子どもたちの二日目は、紋別市内めぐりが中心です。

 とっかりセンターでアザラシに触れ、流氷科学センターで流氷を体験し、昼食はラーメンを味わい、昼からは流氷公園で思いっきり遊びまわりました。

 とは言え、私は仕事で参加できませんでした。後から聞いた話では、流氷公園が一番気に入ったらしく、広い敷地を思いっきり走りまわっていたそうです。

 夜が私の出番なのです。

 実は今回のツアーには、子どもたちの引率として「NPO法人南相馬こどものつばさ」の代表、西道典さんが同行してくれていました。

 代表じきじき紋別に来てくれることは初めて。そこで、せっかくの機会なので、西さんに現在の南相馬市の現状を話していただこうということになったのです。

 そしてこの夜、西さんの話を聞く会を紋別セントラルホテルで開催することになりました。その会の司会を私が努めることになったのです。

 20人ほどの市民が集まってくれました。

 最初に、紋別の「南相馬の子どもたちを招く会」の代表、桒原務緒さんがあいさつ。これまでの取り組みと経過を報告しました。放射能の汚染におびえる子どもたちを少しでも解放したい。そんな気持ちで始めたこの企画も今年で3年目。喜ぶ子どもたちの笑顔がうれしい、と話しました。


 次いで西代表。実は西さんは、南相馬市の男山八幡神社の宮司さんなのです。もちろんあの日、神社も大きく地震の被害をうけました。



 その時、西さんはPTAの会長をしていました。放射能の被害は明らかになるにつれ、子どもたちはいつも長袖の服で、外に出られない状況になりました。

 その時、支援に来ていた鎌田豊医師の助言で、子どもたちを一か月でも、一週間でも、二日間でも、この地から遠ざけることの重要性を知ったと言います。

 そこで立ち上げたのが「南相馬こどものつばさ」です。全国に、子どもたちの受け入れを呼びかけ、その集約と運営、手配を一手に引き受けてきました。

 震災の翌年には、ひと夏で1000人の子どもたちが全国に出かけました。

 西さんは言います。今でも、子どもたちの心のストレスは大きいと。あの日までは、普通に行っていた海にはもう近づけない。普通に駆けまわっていた裏山には登れない。普通に釣りをしていた川には入れない。

 いつ帰れるのかわからない仮設住宅での生活、親子がバラバラになってしまった生活、住む場所も、親の仕事も変わり不安の中での生活。それらが、子どもたちの心を痛めている。

 だからこそ、このような取り組みがまだまだ必要であり、受け入れてくれたみなさんに感謝したい。

 子どもたちには、そんな大人たちの背中を見てほしいと思っている。そして、いろんな暮らしがあることを、いろんな仕事があることを知ってほしいと思っている。この経験を、これからの糧にしてほしいと思っている。と語りました。

 私も2年前、南相馬市に行ってきました。いまだ、放射能の汚染で帰れない小高地区にも行ってきました。津波で壊れた家が、手つかずでそのままでした。ショックでした。



 仮設のプレハブ校舎の小学校にも、胸が痛みました。


 その現実は、基本的に変わっていません。

 あれから4年。だんだん被災地の現状は忘れられ、後回しにされているような気がします。

 何が、新国立競技場に2500億円なのか、何が「戦争法案」なのか、何が川内原発再稼働なのか、何が辺野古新基地なのか。今、急ぐべきことは、はっきりしている。


 

2015年8月6日木曜日

安心してお産ができる街に~遠紋地区の周産期医療を

 遠軽厚生病院の産婦人科医師の減少は、地域に大きな波紋と不安を広げています。

 3人の産婦人科医師のうち2人が9月いっぱいで退職し、旭川医大に戻ることになっています。残る一人の医師の去就も、まだ定めっていません。

 この地域の周産期母子医療センターとして、多くのお産を手掛けてきた遠軽厚生病院で出産できなくなることは、文字通り、遠紋地域全体の死活的問題でもあります。

 私も、一般質問で取り上げましたが、それだけで終わりにするわけにはいきません。そこへちょうど、道議会で共産党の真下紀子道議が代表質問で小樽の産婦人科問題を取り上げたことを知り、早速道議会の共産党道議団に連絡を取り、16日、直接訪ねました。

 小樽でも産婦人科医師の減少に苦しんでいること、そこでは「後志地方の周産期医療を守る会」をつくり住民運動を展開していること、やはり住民の運動とパワーが必要であることなどを学び、資料をいただきました。

 早速28日、遠紋地区の共産党の地方議員に声をかけ、会議を行いました。

 そこで議論したのは、周産期医療とは何か、なぜそれが大事なのか、その体制をどう維持すべきか、そのための道・国の責任とは、などでした。

 確かに、医師の招聘は簡単ではありません。しかし、身近なところで安心して出産できる体制づくりとハイリスク分娩に対応する周産期医療の確立は行政の責務であり、特に道の責任が大きいこと。そのためにも、遠紋地域全体の周産期医療を守る取り組みが必要なこと。そのための住民との取り組みをすすめよう。ということになりました。

 その場から、まずは経過と現状を知るために遠軽町との懇談を行うべく連絡。8月4日、副町長との懇談が決まりました。
 

 

南相馬の子どもたちがやってきました

 5日6時30分、南相馬の子どもたちが無事紋別に到着しました。これから9日まで、紋別で過ごします。

 今回は、全員が女子で、小学生11人。早速、大山山頂のコテージ2棟に分かれ、小休止の後、ウエルカムパーティーの始まりです。

 会場は、大山山頂にある「山カフェ」。実行委員長の桒原さんが経営するカフェです。

 食事は、「キッチンしま」の島竹シェフによる特製カレー。それに「やきとりばんちゃん」の鶏の半身揚げ。

 疲れも見せず元気に食事。よかった。

 いよいよ今日からは、わくわく体験オホーツクがスタートです。今日は、紋別市内を中心に回ります。アザラシと触れ合う「とっかりセンター」、「流氷科学センター」で流氷体験、「オホーツクタワー」で海中を体験し、流氷公園で思いっきり遊ぶ。ざっとこんなスケジュール。

 私の出番は、夕方から。今夜、講演会が企画されているのです。私は、その司会です。

 実は今回、子どもたちの引率に、「南相馬こどものつばさ」の代表である西道典さんが参加しています。

 子どもたちを被爆から遠ざけるためにと、「こどものつばさ」を立ち上げてきた方です。

 せっかく、紋別に来てくれるなら、今の福島、南相馬を語ってもらおうと言うことになり、講演会が決まったのです。

 今日、7時から、セントラルホテルで行います。ぜひ、参加してみてください。

 明日は、みんなでお隣の興部町にお邪魔します。私も朝から出番です。