2025年1月20日月曜日

2024年備忘録①~たった一人の卒業式(3月)

川合校長から卒業証書を受け取る古屋智貴君


答辞を述べる智貴君



「野村さん、テレビに映ってましたね」「野村さん、落語やるんですか」などと声をかけられました。

 NHKとHBCのローカルニュースでちょこっと映ったんです。地元の民友新聞にも「落語愛好家の野村淳一さんから手ほどきを受けて2年連続して落語を上演」などと紹介されました。

 そうなんです。たった一人の小向小学校最後の卒業式。私も含め、多くのマスコミも駆けつけました。

 卒業を迎える古屋智貴君とは、彼が5年生の時からのつながりです。

 「学芸会で落語をやりたい」との話から始まって、2年連続して落語の師匠(?)として小向小学校に通いました。

 5年生の時は「寿限無」。6年生の時は「時そば」と、いずれも本番を見事にこなす芸達者ぶり。まさに私も脱帽でした。

 卒業式会場には教職員や両親、そして地域の人たち40人ほどが集まり、あったかな雰囲気に包まれました。

 智貴君に卒業証書を手渡した川合校長は式辞で「今日は一つの節目のゴールだが、新たなスタートの日でもある。中学校にいってらっしゃい」とエールを贈り、担任の小橋先生も「智貴に出会えて本当に良かった。思い出を、やさしさを本当にありがとう」と声を詰まらせながらあいさつしました。

 智貴君の両親も「たった一人の学校でいいのかな、と思ってきた。でも、教職員や地域のみなさんが支えてくれ、智貴の大きく成長できた。今は、よかったと思っている」とあいさつ。

 そして、会場にいるマスコミ関係者も含めすべての人にマイクを回し、智貴君へのメッセージが語られました。

 最後に智貴君が、途中涙で言葉に地まりながらも「この先、僕にはたくさんの困難があると思いますが、小向小学校で経験したことや思い出、皆さんとのつながりを力に中学校にでも頑張ります」と述べ最後に「行ってきまーす」と元気にこぶしを突き上げると、出席者も「行ってらっしゃーい」と応じ、大きな拍手と紙吹雪で智貴君の門出を祝いました。

 普通なら、とっくに閉校していてもおかしくない学校です。でも、智貴君と両親の思いにこたえ、地域も行政もみんなで支えてきた数年間。

 そこに私もつながれたことは、私にとっても貴重な経験でした。

 帰り際、智貴君から手渡されたお礼の花は、まだ我が家の食卓で咲いています。

(「オホーツク民報」4月14日付 『野村淳一のかけある記』より


 

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