2018年7月15日日曜日

いよいよ選挙戦告示を迎えました。


 いよいよ今日15日、紋別市議選の告示を迎えました。

 やはり緊張を感じます。

 これから投票日まで全力で市民に私の公約を訴え続けなければ、と決意しています。

 この間、多くの市民と対話してきました。

 そこで強く感じたのは、医療と介護への不安でした。

 認知症の夫を抱え苦労している女性にも会いました。文字通り、老々介護の現状を数多く目にしてきました。

 もちろんヘルパーさんやデイサービスを利用している方もいる一方、「自分できるうちは」と人に頼らず頑張っている高齢者も数多くいます。

 その時は「絶対に無理しないでね」と言って私の名刺を渡します。

 私の名刺の裏には『一人で悩まずに。お困りごとは何でも相談を』と私の携帯電話の番号を記しています。

 これを見せて、「困ったら、遠慮しないでここに電話しなよ」と声をかけます。

 みなさん、しっかりこの名刺を受け取ってくれます。一つの、心のよりどことになれば、と思っています。

 高齢社会を迎え、社会の仕組みもあり様も変化しており、変えていかなければならないでしょう。

 誰であっても、どこに住んでいようとも、最後まで安心して暮らせる社会であること、街であることが何より大切です。

 それを実現する為にこそ、政治があるのだと思います。

 「年寄りは早く死ねってことだべさ」と語ったおばあさんの言葉が胸に響きます。

 そんな言葉を言わせてしまういまの社会、政治に憤りを感じながら、絶対に安心できる紋別をつくらなければ、と思うのです。

 中にはこんな人もいました。「介護のその先が心配だ」というのです。何のことかと思ったら、お墓の問題、合葬墓のことだったのです。

 「野村さんのビラに合葬墓があったけど、これはいいよ」と向こうから声をかけてくれた人もいました。

 私の予想を超えて反響がありましたし、共感の声をいただきました。

 これもまた高齢社会の一つの姿です。

 医療や子育てを含め、課題はたくさんあります。やるべき課題はいっぱいあるのです。

 ここで負けるわけにいきません。

 闘いはすでに終盤戦ともいわれます。最後まで死力を尽くし、訴え続けます。ぜひ、声援ください。

2018年7月12日木曜日

紋別市議選 これまで作ったきたビラです

 いよいよ15日に紋別市議選の告示を迎えます。

 今回の市議選で作成したビラを紹介します。






 基本的に、私が作ってきました。

 このほかに、選挙公報、選挙はがき、候補ポスターの作成もありました。

 そうこうしているうちに、いよいよ告示です。

点字で「のむらじゅんいち」と

 先日、花園町にある障害者の支援施設「つばさの会」にお邪魔しました。

 ここは、旧看護学校・紋別医師会の建物を活用し、「NPO法人ねこやなぎ」が運営する施設です。

 この建物の中には、障がい者の居場所として運営されている「地域活動支援センターつばさ」、障害者の福祉的就労の場である「就労継続支援B型ほっと」、障害者などからの相談窓口となっている「相談支援事業つばさ」などが入居しています。

 その日も、広い施設の中で、利用者とスタッフが明るくにぎやかでした。

 そう言えばーーと、昔を思い出しました。

 「つばさの会」がまだ商店街の空き店舗を利用していた時、狭く暗い空間で頑張っていたことを。

 私も幾度となく通い、もっと広い場所がないかとみんなで考えていたころを。

 そんな時、ある町で、使わなくなった看護学校を障害者の施設に活用していることを知ったのです。

 紋別も同じように看護学校が閉校していました。

 そこでさっそく紋別医師会を訪れ協議し、議会の一般質問でも取り上げました。

 もちろん、私の質問だけでなく、多くの人たちの尽力により、その後「つばさの会」は旧看護学校の建物に移ることができたのです。

 今、明るく作業に励む利用者たちを見て、あの頃の取り組みとあの頃のスタッフの頑張りを、胸熱く思い出されるのです。

 そして、私も少しは役に立ったのかなと、思うのです。

 ところで、私の名刺には点字で「のむらじゅんいち」と打ち込まれています。

 ここ「つばさの会」で利用者さんが作っているものです。

 興味のある人は、ぜひ「つばさの会」まで問い合わせてみてください。

2018年6月29日金曜日

コムケ湖の自然を守って

 先日、もんべつかいはつくらぶの大館氏と懇談してきました。

 コムケ湖の自然に惚れ込んで数十年。暇があってもなくてもコムケ湖に通い続けている大館氏。私の古い友人であり、自然にかかわる問題の師でもあります。

 コムケ湖の環境問題をはじめ、ラムサール条約への登録について勉強させてもらいました。

 彼曰く、コムケ湖をラムサールに登録すれば、北は浜頓別のクッチャラコ湖から網走のトーフツ湖、標津の野付半島、根室の風連湖、釧路湿原まで、オホーツク沿いにラムサール街道ができる。

 これは全世界の野鳥ファンにはたまらいコースだ。観光にもいいぞーーと。確かに夢は広がります。

 とはいえ、まずはラムサール条約への登録が最初です。

 コムケ湖の価値を、もっと多くの人に知らせることが重要なのだと感じました。

 今年もコムケ湖のワタスゲの時期になりました。コムケの会のみなさんが手弁当でつくった木道から眺めるワタスゲの大群落は壮観です。

 これは、昨年、私が写した写真です。






子育て世代のママさんたちと

 先日、子育て世代のママさんたちと懇談する機会がありました。

 保健センターを中心に活動している子育てサークルの方々です。

 嬉しいことに、事前に子育てに関する行政への疑問や要望をまとめてくれていました。

 その柱は、やはり子育てへの経済的支援の問題です。

 そこで話は「就学援助」についてとなり、その制度の仕組みや内容、課題について私から話しました。ちょっとした勉強会といった雰囲気です。

 その後も、小児科の待ち時間や保育料、学校給食と話は尽きません。

 お互い、いい出会いとなり、いい勉強となりました。

 最後に、子ども食堂ができたらいいね。と話が弾みました。

広域紋別病院のこれからの役割とは

 地域の医療を知るには、やはり広域紋別病院に行くしかないと、先日、及川企業長と懇談をさせていただきました。

 道立病院時代にも何度かお会いしましたが、広域紋別病院になってからは初めて。久しぶりの再会でした。

 私が聞いてみたかったこと、知りたかったこと、話が次々と進みました。

 病院の経営問題から医師確保の取り組み、地域医療との関わりや介護との連携。そして今後の病院の在り方など課題や問題点を含め、企業長の考えを聞くことができました。

 少子高齢社会を迎え、病院の在り方や地域医療の方向性は大きく変化するでしょう。

 その時、医療のすべてを望むことができない以上、何が必要で、何が大切なのか、住民として、地域として考え、判断することが求められます。

 その時、広域紋別病院が果たすべき役割とは何なのか、その将来像を持つことが重要です。

 その一つのヒントを共有できた気がしました。

 それにしても医療問題は、奥が深く手ごわい分野です。でも、興味が尽きない分野でもあります。

 なにしろ、命の問題なのですから。

紋別の地域医療を大いに語る

 ちょっと前になりますが、市内の民間病院の医師と懇談する機会がありました。

 紋別の地域医療をどう展開するか、これからの医師確保と紋別の医療の方向性について率直な意見交換ができました。

 話はまず、その医師の問題意識から始まりました。

 毎日の診療の中で気が付くのは、高齢の一人暮らしが多いこと。しかも、持ち家の方が多いということ。

 その方々をどう見守っていくのか。医療の現場から、その深刻さが見えるといいます。

 「地域医療というのは、その方の暮らしすべてを診ることなのではないか。そんな実感を持っている」といいます。

 その思いは、私も共有できるものでした。

 では、どうしたらよいのか。

 その医師はさらに続けてこう言います。

 「コレクティブハウスをご存知ですか。北欧で始まった仕組みですが、単身の高齢者も子育て世代も共通の地域の中で、共有できる食堂やスペース、広場を介し、個々の独立した住居を持ちながら共同で生活するのです。

 将来的には、そういう施設が必要になると思っています。重要なのは、高齢者だけの施設にしないことなんです」と。

 地域の中で人と触れ合いながら、それでいて個も尊重され、きちんと見守りもできる。

 確かに、将来的には必要になるでしょう。

 話は、医師確保の話題に。

 医師にとってどんな地域・病院が魅力あるのか。働いてみたいと思うのか。

 それこそ重要な課題です。それらの課題に、今回医師本人の思いを聞けたことが新鮮でしたし、多くの示唆もいただきました。

 そして、医学生への奨学金制度と市外から病院を開業するための支援制度は、行政として取り組むべきだし、実際に効果がある、と語られました。

 奨学金制度の創設は、私の公約の一つだけに意を強くしました。

 話は次に、広域紋別病院についても。さらに、高齢者介護、地域包括ケアについても。話はなかなか尽きませんでした。

 「野村さんの一般質問の議事録を読んでいるんですよ」と。「よく勉強していると思っていました。以前から、一度話してみたいと思っていたんです」と述べてくれました。

 「こちらこそ、勉強になりました。また機会をつくりましょう」と私。

 ーーはまなす通りの夜はとっぷり暮れていました。