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| 笹の墓標強制労働博物館 |
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| 博物館の展示 |
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| 博物館の展示 |
2025年のお盆は、墓参りを済ませ、士別市の岩尾内湖にある白樺キャンプ場で17年ぶりのキャンプをしてきました。
子どもたちが家を出た後、なかなかキャンプに出かける機会がありませんでした。でも、久しぶりのキャンプはやはり気分も解放され、楽しいものです。
翌日、幌加内町の朱鞠内湖まで足を延ばしました。ここに、行ってみたい場所があったからです。
昨年9月に再建された「笹の墓標強制労働博物館」がそれです。
朱鞠内湖は全国でも一番面積の広い人造湖です。1935年、苫小牧の製紙工場の電力を供給するためにダム建設が始まります。
原生林に覆われ、寒さ厳しい土地で工事は困難を極めます。
同時に、建設物資を運搬するために国鉄深名線の建設工事も並行して行われました。
その中に、強制的に連行された朝鮮人やタコと呼ばれた日本人が多数存在し、200人を超える犠牲者があったと言われています。
死者は共同墓地のはずれに埋められ、生い茂る笹だけが墓標となっていたのです。
76年に深川氏の僧侶が、朱鞠内湖ふもとにある光顕寺で80基余りの位牌を発見したのを機に、遺骨発掘調査が始まります。
やがてこの活動は、日本人だけでなく在日コリアンなどの若者たちも加わり「NPO法人東アジア市民ネットワーク」として、国境を越えた運動になっていきます。
その当時、紋別にあった道都大学でもゼミの一つがこの活動に参加し、多くの学生が遺骨調査に参加していたのを記憶しています。
2015年、朝鮮人の遺骨115体が故国に奉還されました。
その光顕寺が2020年に積雪のため倒壊。それが昨年、多くの募金を得て「笹の墓標強制労働博物館」として再建されたのです。
施設内にはこれまでの経過とともに、北海道開拓における朝鮮人などの強制労働の実態や歴史も展示され、あらためて過去を学ぶことの重要性を認識させられます。
こういう犠牲のもとに今の北海道があること、その歴史と事実にしっかり向き合うこと、それ抜きに新しい時代は築けません。
いまだに存在する朝鮮人や中国人への差別意識、それを増長するかのような昨今の排外主義の台頭。
まさにこの博物館は、それらへの警鐘でもあるのです。
(「オホーツク民報」2025年8月24日付 『野村淳一のかけある記』より)



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