2019年10月31日木曜日

紋別高等看護学院の移転建て替えを~道と交渉

 10月24日、日本共産党北海道委員会と党道議団による、北海道との予算要求が行われました。

 道議会4階の2つの委員会室を会場に、全道から集まった多くの市町村議員が一堂に会し、経済・福祉・教育など、それぞれ地元の要望を直接道の担当者に訴え、熱心な議論が続きました。

 私が今回要望したのは、道立紋別高等看護学院の早期の移転建て替えです。



 道立紋別高等看護学院は、昭和49年に建設され、築45年が経過し老朽化が進んでいます。

 学生寮も4人部屋のままで、体育館などは雨漏りがする、暖房設備が不十分など。「学ぶ内容」も「学ぶ環境」も損なわれているのが実態です。

 そんな中でも、学生たちは頑張っています。

 看護学院の卒業生の多くは、地元のオホーツク・道北に就職しており、地域の医療を支えるかけがえのない力になっているのです。

 しかし、近年入学者が減ってきています。だからこそ、学ぶ環境を整備し、選ばれる学校になることが必要です。

 地域医療を守るという道の責務を果たすためにも、看護師不足が叫ばれる中、地域医療の崩壊を防ぐためにも、紋別高等看護学院の移転建て替えは急務です。

 と、訴えました。

 「今後も学習環境の整備に努めるとともに、ただ今の要望をさっそく上に伝えてまいします」と道の地域医療推進局の担当主幹。

 「よろしくお願いします。期待しています」と私。

 さて、動きはあるのでしょうか…

 

北海道ろうあ連盟を訪問しました




 10月23日、「北海道ろうあ連盟」にお邪魔してきました。

 というのも、これまでずっと気になっていたことがあります。

 それは今、全国各地で制定が進んでいる「手話言語条例」についてです。道内でも20を超える市町村で条例が制定されています。

 手話が言語とはどいうことなのだろう。ろう者の方への支援はどうなっているのだろう。その現状はー

 それらを知るには当事者の方に直接話を聞く以外にない。

 ということで、札幌市にある北海道ろうあ連盟を訪問したのです。

 自らもろう者の金原浩之事務局長と、手話通訳者を通しての意見交換。

 少々緊張しましたが、思ったよりスムーズに何の違和感もなく会話ができました。

 金原さんは言います。

 皆さんが日本語を使って意見を言い合い、自らの意志を示すと同じように、手話は私たちの言語そのものなのです。

 人は言葉をとおして成長し、思考し、自己を確立し、自己を表現します。人とのつながり、社会への参加、それを支えるのも言葉であり、言語です。

 私たちにとって手話こそ、その言語です。手話は、ろう者の権利と人権を守り保障する、生きる力そのものなのです。

 だからこそ、手話を言語として明確に位置付けた法整備が必要です。市町村での「手話言語条例」は、その理解を広げる大きな力になります。励みになります。と

 「手話言語条例」の持つ意味を知ったような気がします。

 かつて日本では、ろう学校でも手話を学ぶこと、使うことを禁止された時代がありました。

 今では、確かに手話への理解は広がってきています。

 しかし、現状はどうなんだろうーと思います。

 私たちは日本語という音声言語を通して、様々な方法で情報を入手し、暮らしています。なんの疑問もなくー。

 でも、ろう者の方の暮らしはどうなんだろうーと思います。

 私たちと同じように、ろう者の方も生活のあらゆる場面で手話を通して自由に暮らしていける社会でなければならないはずです。

 手話がおおきく広がれば、ろう者の方ももっと社会参加ができます。自分らしく生きることもできます。それは、社会にとっても大きな利益なはずです。

 そうなれば、「ろう」はもう「障害」ではなくなるかもしれません。

 そんなことを考えさせられた訪問でした。

 その他にも、災害時での対応、遠隔での手話通訳の機能、医療との関係、ろうの子どもへの対応と支援、など多くのことを学ぶことができました。

 紋別市でも「手話言語条例」をー。私の次のテーマです。

総合防災訓練に参加して

 10月19日、紋別市と北海道が連携して実施する総合防災訓練が、紋別生涯学習センターを会場に行われ、参加してきました。

 藻別川が氾濫注意水位に到達したという想定で避難訓練がスタート。

 地元住民ら30人がセンターに避難しました。

 メインの避難所運営訓練では、チームに分かれて段ボールベッドの組み立てを体験。




 最初はてまどう場面もありましたが、コツをつかめば手際よく作れます。

 丈夫なうえにプライバシーも保てます。ますます備蓄品として整備することが重要です。

 今年も、台風被害と大雨による洪水被害が相次いでいます。いまだに復旧のめどが立たない地域もあります。

 毎年続く大雨被害。そしていたましい犠牲者。

 国民の命と財産を守る使命にある政府がすべきことは、他国の脅威をあおり必要もない戦闘機の爆買いではなく、毎年続く目の前の災害対策にこそ予算も力もつぎ込むことです。

 被災地での避難所となった体育館に、毛布一枚で寝ている光景に胸が痛みます。

 こんな事態がいつまで続くのか。怒りがこみ上げます。

 河川などの防災対策とともに、誰もが安心して過ごせる避難所の整備は急務です。紋別市での取り組みを再確認したいと感じました。

 ところで、道との共催とあって鈴木直道知事の姿もありました。






「西紋こども発達支援センター・すてっぷ」を視察して

 10月18日、遠紋地域の共産党議員の勉強会を紋別で行いました。雄武、遠軽、佐呂間の議員と私です。

 そしてみんなで9月にオープンした「西紋こども発達支援センター・すてっぷ」を見学してきました。

  この施設は児童の発達支援と放課後等デイサービスを提供する多機能型の障害児通所施設です。

 これまでは「西紋地区幼児療育センター」として紋別小学校に隣接してありましたが、築37年が経過し、施設の老朽化と設備の不十分さから、今回の移転建て替えとなったのです。

 かつて道立紋別病院が経っていた敷地の一角に「すてっぷ」はあります。





 木材をふんだんに使った温かみある建物です。



 個別に行う療育支援の教室や体育館には、それぞれにマジックミラーが付けられ、別室で子どもたちの様子を観察することができます。




 プレイルームには、体を思いっきり遊べる遊具がたくさん。


 体育館にはボルダリングの施設もあり、その日も子どもたちが元気に走り回っていました。

 子どもたちが伸び伸びと楽しく過ごせそうです。

 現在、「すてっぷ」の隣で、これまた移転建て替えの「大山児童センター」の建設工事も始まっています。 

 共同した取り組みにも可能性がありそうです。

 発達が気になる、心配があるという子どもたちへの療育と発達支援。そして保護者への支援と相談活動。

 「すてっぷ」の今後の取り組みに期待です。


2019年10月17日木曜日

KHJ全国大会に参加して


 10月12日、札幌市で開催された「第14回KHJ全国大会in北海道~KHJ全国ひきこもり家族会連合会・実践交流研修会」に参加してきました。

 「KHJ」とは、家族・ひきこもり・ジャパンの意味で、日本で唯一の全国組織の家族会です。

 この全国大会が札幌市で開かれると聞いて参加を申し込みました。

 会場には台風の接近にもかかわらず、全国から200人以上が参加しました。

 開会冒頭、参加している国会議員や地方議員さんを一人一人紹介する場面があり、なんと私も「紋別市議の野村さんです」とコールされ、「今日は勉強させていただきます」と一言挨拶。恐縮です。


 基調講演に立った精神科医の田中康夫医師の話は、とてもソフトで、肩ひじ張らず、それでいて要点を突き、長年患者・当事者と向き合ってきた医師としての経験に裏打ちされた内容で、心に残りました。

 ひきこもっている人への支援とは、支配的なものや技術的なものでも、ただ同情や共感だけでもなく「斜め後ろからの支援」が大切だといいます。

 倒れそうなときには、いち早く後ろから支えるが、率先して手を引くことはしない。

 黒衣となって見守りつつ、いざとなればタオルを投げるトレーナー。そんな存在が必要だと。

 そして最後に「ひきこもっている方に、なにかしらの診断名をつけてしまうと、そこでその方をもっと理解しようとする気持ちが消える。

 それを回避するために診断名を棚上げし、どうしてこの方はまだひきこもっているのだろう、どんな不安と不信感をもっているのだろう、と考えながら、出来る応援を考えていきたい。

 つくりたいのはお互いの信頼関係。共生とは、この信頼で成り立つものです」と語ります。

 そして「ほっとけない」ーこれが原点だとも。

 熱い話でした。


 シンポジウムでの各地の実践も参考になりました。 

 この会場で、ひきこもり当事者支援に長年取り組んでいるNPO法人レターポストフレンドの田中敦理事長に久しぶりにお会いすることができ、以前から興味を持っていた津別町のひきこもり対策の取り組みを聞くことができたことも収穫でした。

 津別町には直接お邪魔して、じっくり話を聞いてみたいと感じました。

 たまたま隣に座ったご婦人が「うちの子が大学を卒業してからひきこもっているんです。今日はなにかヒントがあればと思ってきました」と話してくれました。

 もちろん、紋別市内にもひきこもっている方は少なくありません。

 とはいえ、まだその状況も内容も把握しきれていません。

 家族を含め、どのように支援するのか。本格的な議論と対策が急がれています。



紋別高等養護学校特別講演会~不登校やひきこもりをどう防ぐか


 10月4日、紋別高等養護学校が主催する講演会に参加してきました。

 「不登校やひきこもりをどう防ぎ、どのように学校・社会に復帰させるか」をテーマに、不登校児などへの訪問活動に取り組んでいる開善塾教育相談研究所(埼玉)の藤崎育子所長が講演しました。


 会場には市内外の教職員や保護者、市民など100人ほどが訪れ、熱心に藤崎さんの講演に耳を傾けました。

 藤崎さんは、20年以上にわたる訪問活動を通して「不登校やひきこもりは悪いことではない。学校に戻りたくないという子どもにあったことがない」といいます。

 不登校の子どもに会うとき心掛けていることとして、まずは嫌われないこと、すぐに内面に立ち入らないこと、そして子どもの好きなこと興味のあることに寄り添って関係をつくっていくといいます。

 そして藤崎さんは「家庭ではぜひ、年齢にあった手伝いをさせてください」と語ります。

 「ありがとう」「助かったわ」といった言葉をたくさんかけられた子どもは、自然に手伝うことを覚え、人を助けられる子に育ちます。

 人の役に立つという経験と自信を積むことこそ、不登校を防ぐために大切です、と。

 そしてこんなことも。

 子どもに3分以上説教しても聞いていません。苦痛と反発を与えているだけです、と。

 なるほど、これは大人の社会にもいえること。

 話は明瞭簡潔に。

 でも、これがなかなか難しい。

2019年10月3日木曜日

サンゴソウが見頃です


 9月29日、コムケの会が主催する「サンゴソウを観る会」に参加してきました。

 木道を通ってホタテ島へ。まさに今が見頃です。

 なんでも、知らないうちに「サンゴソウ3大名所」の一つになっているそうで、サロマ湖のキムアネップ、網走湖の卯原内、そしてコムケ湖。観光バスもよく来るそうです。

 




 参加した市民は10数人。しばし自然に身をゆだねて、癒されました。

 こんなに豊かで素晴らしいコムケ湖の自然です。一日も早いラムサール条約への登録が急がれますね。

 それにしても、市の職員の一人ぐらい顔を出してもいいのになぁ、と思った私でした。


「発達障がい」と向き合って


 9月27日、西紋こども発達支援センターが主催する「発達障がい支援講演会」に顔を出してきました。

 親の立場から、当事者の立場から、そして支援者の立場から、と3名の方から講演がありました。

 わが子が発達の障害があると分かったときのショックと苦悩、そこから子どもと向き合うことを決めた覚悟と決心ーー帯広市でNPO法人放課後生活支援センター「わいわいクラブ」を主宰する大澤奈緒美さんの話には、子どもとともに親として成長してきた思いが溢れます。

 「当たり前だけど、障害者の親も普通に親ばかです。子どもを思う気持ちは皆さんと同じです。障害があっても自分らしく、自分の思う幸せになってほしい」と語ります。

 なぜ自分が普通の人と同じように生きられないのか、なぜこんなに苦しいのか、と悩み戸惑い続けた若い日々ーー自らも自閉スペクトラムとして向き合ってきた小道モコさんの話は、ユーモアもあって不思議な雰囲気で、引き込まれました。

 「『なんで、どうして』が増えていくばかり。『自分て何か』がわからない。そんなストレスを感じてきました。でも今は、私が自閉症の子どもを支援する立場になりました。私だからできることに、今は夢中です」と明るく語ります。

 

 最後に支援者として登壇したのは児童精神科医の門眞一郎さんです。

 門さんの話は、私にとってはじめ聞くことばかりで、新鮮で驚かされました。

 自閉症スペクトラム障害者に対し、絵カードの交換という手法で、障がい者自らが意志を表す「表出コミュニケーション」を実践している方です。

 PECS(ぺクス)と呼ばれる手法で、物事を教え込ますのではなく、自発的にコミュニケーションをとれるように視覚的に支援するもので、動画で紹介された訓練の様子は衝撃的でもありました。

 到底、自立は無理と思っていた子が、この支援を通して少しづつ意志を示し「発語」し、自立への可能性を開いていく。

 そこには、大きな希望があります。変化と発達に限りはない。そのことをあらためて実感させられました。

 そしてもう一つ、心に刻んだ門さんの言葉ーー「障害」とは、個々人の医学的な状態のみをいうのではなく、環境(社会的障壁)との関係の中に生じる事態である。