2017年11月24日金曜日

猿払村「楽楽心(ららはーと)」にて


 先週、猿払村、稚内市と視察に行ってきました。

 猿払村では、10月にオープンしたばかりの小規模多機能型居宅介護施設「楽楽心(ららはーと)」を見学してきました。

 実はこの施設、村直営なのです。道内初ということです。

 さっそく、山田センター長に案内をお願いしました。

 入ってすぐに目につくのは広いオープンスペースです。



 しかも、グランドピアノがあるのです。ちょっとびっくりです。

 この施設には、小規模多機能に加え、多世代が利用できるように地域交流施設を併設しています。放課後には子どもたちが集まって、このピアノで練習をする姿もあるといいます。そして、このフロアを活用し、ピアノの発表会も行われるそうです。

 私がお邪魔した時は、園内にある生きがい農園のメンバーが打ち合わせをしていました。楽しそうに話が弾んでいました。

 通い、泊りの定員は29人。バランスの取れた昼食も魅力です。



 カラオケルームも完備しています。
 
 感心したのがエネルギー対策です。温暖化対策として地中熱ヒートポンプシステムを採用し、床暖房に利用しているのです。村長の熱意だったようです。

 山田センター長によると、猿払村の高齢化率は23・4%と、道内では千歳市に次いで低く、高齢者も630人余りで要介護認定者も130人ほどで、みんなの様子が掌に乗っているといいます。それでも、この街を離れたくないのに離れなければならないお年寄りも多く、認知症のお年寄りも増えているといいます。

 「だからこそ、少しでも猿払で生活できるよう、本人や介護する家族を地域で支え合うまちづくりが大切です。この施設は、まさにその拠点になるものです。数年後には、この敷地の隣に新たに生活支援センターを建設し、高齢者、障害者が安心できる居住施設をめざしています」と話します。

 地域包括支援センターも併設され、まさに地域の交流のセンターとして生かされていくのでしょう。小さな町の大きな挑戦に期待です。




成年後見センターの必要性

 高齢者や障害者の権利を擁護し、たとえ判断能力が衰えても、その人の自己決定権を尊重し、すこしでも社会生活が営めるよう支援する成年後見制度の普及と活用が急がれています。

 認知症高齢者が増える中で、成年後見制度の中心的組織となる「成年後見センター」の役割と整備もまた、急務となっています。

 私も、市内の弁護士と意見交換する中で、その必要性を学び、議会でもセンターの設立を訴えました。

 そして今年の市長の市政執行方針の中で、今年度中の成年後見センター設立を明記したのです。

 そこまでは良かったのですが、今になってもその具体的な動きが見えてきません。

 そこで私も、成年後見センターとはどんなところか見てみようと思い、「北見市成年後見センター」を訪ねてみることにしました。


 北見市社会福祉協議会に併設されたこのセンターは、相談業務はもちろん、法人後見の受任をはじめ、市民後見人の養成や支援、市民向けセミナーの開催など後見制度の普及・啓発などに取り組んでいます。

 説明いただいた笹森係長は「このセンター立ち上げまでに様々な関係者と協議を重ね、1年準備にかかりました。今、市民後見人の皆さんが活躍してくれています。認知症の高齢者などへの後見支援は、ただ金銭だけの管理ではなく、生活全般への支援を伴っています。その意味からも、これからの成年後見センターの役割は、ますます重要となり、拡大すると思います」と語ります。

 そのうえで先日、ひまわり基金の田村弁護士とも懇談させていただきました。

 田村弁護士は、各地の成年後見センター立ち上げの支援をされている方です。そして、紋別でもセンター設立を強く求めている方です。

 そこでも、相談窓口の必要性、市民後見人の養成、法人後見の担い手、設立準備会の立ち上げ、などが語られました。

 どれも急がれる課題です。改めてその必要性を強く感じました。

 ひとり暮らしのお年寄りが、身寄りのいないお年寄りが、そして認知症のお年寄りが増えています。成年後見の役割は、その人が地域で暮らしていくための生活支援でもある。
あらためて、その必要性を強くしました。

興部町のバイオガスプラントを見学しました


 興部町の「興部北興バイオガスプラント」を見学してきました。

 昨年11月に稼働をはじめたこの施設。酪農の街として、家畜糞尿を活用したエネルギーの地産地消を早くから模索してきた興部町にあって、念願の施設です。

 その中身をぜひ知りたいと、遠紋地域の共産党の議員4人(岩沢武征遠軽町議、但木早苗佐呂間町議、福原峰雄雄武町議、そして私)でお邪魔しました。

 案内していただいたのは、バイオガス事業推進室の安東主事。わかりやすい説明がさわやかでした。

 
 

 酪農家で発生した家畜ふん尿は、ここ「原料受入棟」に運ばれ、地下にある発酵槽に入れられます。

 それが、発酵後の消化液とバイオガスに分離されます。

 良質な肥料となる消化液は殺菌されたのち、貯留槽に貯められます。


 この貯留槽から、さらに町内2カ所あるサテライト貯留槽に移送、貯留し、利用農家で散布します。

 一方、消化液を生成するさい、固形物も発生します。これを敷料に活用します。


 また、家畜ふん尿の発酵で発生したバイオガスは、脱硫装置でガス中に残存する硫化水素などの有害物質を除去し、民間のバイオガス発電所に提供します。


 発電設備がこれです


 これまでも家畜のふん尿はたい肥化され農地に還元されてきましたが、散布時には臭気が市街地に流れるなどの問題や、未熟のたい肥散布による草地の劣化などの問題をはらんできました。

 そこで興部町は家畜ふん尿を資源として活用し、エネルギーの地産地消に取り組む方針を定め、平成26年にバイオマス産業都市に認定されます。

 平成27年には地域バイオマス産業化整備事業補助金の交付を受け、総事業費7億円余りで平成28年10月に「北興バイオマスプラント」が完成、11月に稼働開始となったのです。

 現在、この施設を利用しているのは6戸の酪農家です。さらに、個人でバイオマスプラントを整備している農家も2戸あります。

 さらに、プラントを拡大していけるかどうかは、これからの課題だといいます。

 「稼働してまだ1年。やっと慣れてきたところです。これから実績を見極め、今後の方向性を探っていきたいと思っています。これからが頑張り時です」ーー安藤さんの言葉に、酪農の街・興部の力強さと誇りを感じました。
 

学習支援事業「ふくろう」を訪ねて

 北見市にある「オホーツク学習センター・ふくろう」にお邪魔し、いろいろと意見交換させていただきました。

 また、北見市の学習支援事業を実施してる「えぞりす」の方も同席してくれて、より参考になりました。



 「ふくろう」はNPO法人ワークフェアが運営し、道から「生活困窮世帯等学習支援事業」の委託を受け、オホーツク管内の町村を対象に生活保護家庭や生活に困窮している家庭の子どもたちを中心に学習支援をおこなっている組織です。

 また「えぞりす」も、同じくワークフェアが運営し、北見市から委託を受け学習支援を行っています。
 
 「子どもの貧困」問題が叫ばれる今、経済による学習格差、貧困の連鎖を解消するために、生活困窮者自立支援法によって「子どもの学習支援事業」が位置づけられ、市町村の任意事業となっています。

 紋別でも実施できないかと、私も議会で取り上げてきました。しかし、なかなか前に進まない中、現場の状況はどうなのか、実際に聞いてみたいと思い、北見に駆け付けました。

 いろいろお話を伺う中で、具体的なイメージを持ちことができました。

 そして最も心に響いたのが、学習支援事業は単に学力を向上させるだけではない、ということでした。学習支援という行為を通して、子ども一人一人に寄り添い、生活の困難さのなかで生まれている様々な問題にも目を配り、場合によればそのサポートも行う、まさに生活支援そのものでもあるというのです。

 子どもたちをめぐる環境は、ますます複雑で厳しくなっています。だからこそ、私たち社会がしっかり目を配り、支えていかなければならないのでしょう。

 その一つとして「学習支援事業」がある。だからこそ、この街にも急いで実施する必要がある。このことを深く心に刻んだ訪問となりました。

 

 

2017年11月16日木曜日

やっぱり『芝浜』は面白い

 今年も『柳家さん喬 紋別落語会』を開催しました。
 
 私が、落語会の実行委員長として今回で8回目を迎えました。さん喬師匠の噺を、今回もたっぷり堪能しました。

 音合わせ中のさん喬師匠です。


 ポスターとチケットです



 今回のトリは、なんと待ちに待った『芝浜』でした。
 
 何といってもさん喬師匠の「芝浜」は、何度聞いても胸に詰まります。

 さん喬師匠の「芝浜」を始めて聞いたとき、「あれっ」と少し違和感を感じたのです。

 今まで聞いた「芝浜」は、特に談志の「芝浜」とは、全くと言っていいほど印象が違うのです。

 「芝浜」の多くは、酒にだらしない亭主と威勢のいい女房のやり取りがおかしく、そして後半からは、ぐっとおさえた女房の独白がメインになるのが主流です。特に談志の「芝浜」は、啖呵のいい女房が圧巻でした。

 ところがさん喬師匠の演ずる女房は、初めからぐっと抑えた、どちらかというと線の細い女房として登場します。

 そして後半。だからこそ、意を決して独白する女房に、覚悟と強さを見るのです。

 そして子どもが登場するのも新鮮です。亭主は、女房の話を聞いて心に迫るものがあります。それを、多くを語らず赤ん坊を抱いて「これがお前を生んでくれたおっかさんだよ」とあやします。

 このくだりは、夫婦の心温まる様子を鮮やかに描きます。

 サゲはお馴染みの展開ですが、その前の女房の一言がいい。「あたしのお酌じゃいやかい?」

 ここに3年間のわだかまりが消え、本音を聞けた心情が、ここちよくこもってるような気がします。

 全体に抑えた演出が夫婦の機微を、そして愛情を感じさせてくれます。

 今でも、「おまえさん起きておくれいな」という女房の優しい言葉が心に残っています。

 さん喬師匠を囲んでの「ご苦労さん会」もまた、たのしいひと時です。

 そしてまた、みんなで誓うのです。来年もまた「柳家さん喬紋別落語会」を絶対にやるぞ!と。

 



『ひきこもり』への理解と支援のために

 4月20日付の北海道新聞に『ひきこもり 目立つ中高年 札幌のNPO法人初の生活実態調査』と題した記事が載り、その中に紋別の名が出てきたのです。ひきこもり調査の対象の中に、紋別の方も入っていたのです。

 実態調査を行ったのは、ひきこもりの当事者を支援するNPO法人レター・ポスト・フレンド相談ネットワークで、調査対象68人のうち、平均年齢は35歳で、40歳以上が31%と、中高年のひきこもりが目立つとともに、当事者や同居する親の収入が300万円未満という回答が56%を占め、経済的にも厳しい家庭が多い実態が示されました。

 これらの記事を見て、紋別にもかかわりがあると思い、さっそく札幌のNPO法人レター・ポスト・フレンド相談ネットワークに連絡を取り、田中敦理事長宅を訪問しました。

 レター・ポスト・フレンドは外出が困難なひきこもり当事者の相談にのるため、手紙やメールなどを活用した任意団体として1999年に設立し、以来、相談活動をはじめ、居場所づくり活動や就労支援活動に取り組んでいます。

 田中理事長は「10年以上、ひきこもっているなど、深刻な当事者が大勢います。福祉、医療などの公的支援にうまくつながらず、孤立しているケースが多い。それだけに行政や福祉、医療の専門家などと協力し、当事者同士が気軽に集まり、仲間と信頼関係をむすべるような居場所づくりが大切です」と語ります。

 そして「苦しい中で、私たちに相談をくれた時、何よりもじっくり話を聞くこと、何よりも労をねぎらうことを大切にしています」と語られました。

 紋別市でも保健所主催の「ひきこもりへの理解」と題するセミナーが行われ、私も参加しました。

 北海道ひきこもり成年相談センターの方が講師となって「ひきこもり」に関する基礎知識、現状、支援について講演がありました。

 ひきこもりの背景には、いじめや心の病、発達障害、家庭不和など様々な要因があります。

 さらに競争社会、自己責任など今日的な社会的要因も重なります。

 紋別市にも、推計値で170人ほどのひきこもり当事者がいると考えられるといいます。その立場で、取り組むことが重要です。

 当事者も家族も、毎日苦しみもがいています。個人の問題ではなく、すでに社会的問題として取り組む課題となっているのです。

 そして今、その当事者や家族が気軽に相談できる機関、ネットワークができないか、と考えています。

その名はカメジロー

 

 先日、札幌で「米軍が最も恐れた男ーーその名はカメジロー」という映画を観てきました。

 アメリカの占領下にあった戦後の沖縄で米軍の圧政と支配に屈せず不屈にたたかい、のちに那覇市長、国会議員となった政治家・瀬長亀次郎の軌跡を追った迫真のドキュメンタリー映画です。

 米軍の支配に対抗するため沖縄人民党の結成に参加。

 弾圧を恐れず、米軍にNOと叫び続けた亀次郎が民衆の前に立てば、毎回何万人もの聴衆が集まりました。その演説に目を輝かせて聞き入る人々の写真が印象的です。

 米軍により不当に逮捕され刑務所に収監された亀次郎が出所する日、刑務所の前にはおびただしい人々が集まり、「瀬長亀次郎歓迎」の横断幕が掲げられ、盛大な拍手と歓声が起こったといいます。
     

     Prison Release of Kamejiro Senaga.JPG

  那覇市長になった亀次郎に対し、彼を恐れた米軍は銀行口座の凍結や水道の停止などの暴挙に出ますが、亀次郎を助けようと自主的に税金を納付するために列をなす市民の姿が映し出されます。

 国会議員として当時の佐藤栄作総理と対峙し「基地を残したままの返還は県民が望んだ返還ではない」と主張する姿は、胸に迫ります。

 映画のパンフレットにはこんな一文がありましたーー『27年間にわたったアメリカの軍事占領を経て、日本復帰後45年が経っても、なお沖縄に基地が集中するなか、沖縄の人々が声を上げ続ける、その原点…。それは、まさに戦後の沖縄で米軍支配と闘った瀬長亀次郎の生きざまにあった』と。

 保守も革新も超え「オール沖縄」で闘い続ける沖縄の姿は、民衆とともに信念を貫いた亀次郎の闘いを、今につなげているのかもしれないーー映画を観終わった後、大きな感動とともに、沖縄の「心」が胸に迫りました。

 沖縄では今、辺野古の新基地建設をめぐり政府の暴挙が続ています。

 沖縄北部にある「奥」という集落から、辺野古基地建設に使う砕石が一日何百台というトラックで運ばれ、辺野古に向け県への手続きもないまま不当に海上輸送されています。

 港に向かう道は機動隊に封鎖されたまま。

 それでも住民は抗議の声を上げています。

 ひとりの老婆がマイクを握りますーー「ここでも9人が日本軍に虐殺された。戦争というのは異常な時代だ。沖縄には素晴らしい政治家がいっぱいいたなあ。大好きな瀬長亀次郎さんも、もうあの世に行ったけど、このありさま見て、なんと思っているかなあ」と。

 沖縄は今も、不屈の闘いの真っ最中にあるのです。

選挙が終わって早1か月

 ほんとうに、久しぶりのブログとなりました。

 さて、あっという間に駆け抜けた衆議院選挙が終わって、早1か月がたとうとしています。

 選挙の結果は残念でしたが、それでも新しい「市民と野党の共闘」という路線は、一定の成果を上げ、大きな流れをつくったと思います。

 安倍一強に勝るのは、これしかない、とも思います。

 それにしても、畠山和也さんの議席を落としたのは残念の極みです。

 国会で、共産党の農林委員として身を挺してTPP反対の論陣を張り続けてきました。

 紋別にも何度も足を運んでくれました。

 投票日にも直接電話がありました。「選挙期間中、紋別に行けなくて申し訳ない。みなさんにもよろしく伝えてください」と。

 その声はさすがに少しかすれていました。

 この悔しさを次の選挙で晴らす。まさに「捲土重来」です。

 希望の党の誕生、民進党の分裂、立憲民主党の登場など、難しい選挙戦でしたが、小選挙区12区でたたかった菅原まこと候補の奮闘ぶりは、頼もしく、そしてたくましさを感じました。

 初の「野党統一候補」として、日本一広い12区を駆け抜けました。得票も、過去最高でした。でも、課題もたくさんありますよね。




 今回の選挙に関して多くの著名人が「しんぶん赤旗」にコメントを寄せています。どれも心に沁みるものです。

 志位委員長は選挙後の会見で「市民と野党との共闘で『共闘の絆』『連帯の絆』がたくさんつくられた。この絆と新しい友人が、私は今度の選挙で得た最大の財産だと考えている」と述べています。

 その友人たちのコメントからいくつか

 「無念の思いで候補者を取り下げ、『見返りは民主主義だ』と言い切る共産党の勇気ある決断があった。ブレない共産党を心強く思います」(中野晃・上智大教授)

 「共闘を最前線で引っ張りぶれないし、いつもポジティブだし、そこが好き。今回、前よりも共産党を好きになりました」(シンガーソングライター・五島良子)

 「共産党はまるで困った人のために自分の顔を分けてあげちゃう正義の味方・アンパンマンのようだと、本当に思いました」(俳優・毬谷友子)

 「共産党自信、議席を減らしたことは残念だが、『共同』を支えた力強い誠実な活動は多くの市民が評価している」(広瀬清吾・東京大学名誉教授)

 「今回は立候補取り下げで野党共闘を成し遂げた共産党の『やせ我慢』に一票を投じました」(内田樹・神戸女学院大学名誉教授)

 「畠山和也さんの議席を失ったのは本当に残念でなりません。でも共産党への信頼度は今回のたたかいでぐんと増えました」(川原茂雄・札幌学院大学教授)

 そして、作家の笙野頼子さんはこう言いますーー「安倍政権が一番恐れているのは、共産党の献身です」と。

 さあ、あたらしいたたかいはここからです。

2017年6月30日金曜日

「無言館」の絵画展にて

 20日、休みをもらって釧路市に出かけてきました。

 かねてから一度は見てみたいと思っていた「無言館」の絵画展が、釧路市の道立釧路芸術館で開かれていたのです。

 霧の釧路へ、妻と車を走らせました。



 「無言館」とは、長野県上田市にある美術館で、正式には「戦没画学生慰霊美術館・無言館」といい、今から70年前、戦場に送られ、志半ばで世を去った数多くの画学生たちの遺作・遺品を展示している美術館です。

 その「無言館」は今年、開館70周年を迎えるのを記念して、その所蔵作品の中から約130点の遺作が、今回釧路芸術館で展示されたのです。

 なにより驚き、胸に詰まるのは、作品の隣に添えられたそれぞれの説明・コメントです。

 その作者についての経歴やエピソードがつづられています。その内容が、どれもすべて胸に迫ります。

 「あと5分でいい。この絵を描かせてください」ー自分の戦地に送る会が始まってもなお、絵筆を置こうとしなった日高安典さん。絵のモデルだった恋人に「必ず生きて帰って、この絵を描くから」と言い残して戦地へ。フィリピンで戦死。享年27歳。

 妻をモデルに描いた肖像画。美術教師だった佐久間修さんは、生徒との勤労動員のさなか、爆撃を受け死亡。享年29歳。妻はこの絵を部屋に飾り「戦後ずっと修さんとの絵に見守られて生きれ来ました」と語ったという。

 一つ一つの作品に添えられたエピソードに、若き画学生たちの無念さと戦争の非情さを強く感じ、今思い出しても胸が詰まります。

 彼らが描いた作品は、家族や妻、恋人、そして故郷が多いのに気づきます。

 死が迫る中だからこそ、彼らが描きたかったのは、愛する人、愛する故郷だったのかもしれません。

 確かに、作品そのものの芸術的価値は未熟かもしれません。

 でも、人の心に響く作品、胸に迫る作品という価値でいえば、これ以上の作品はないのかもしれません。

 まさに、誰をも「無言」にさせてしまう絵画展でした。

 


紋別市長選、無投票で

 任期満了満了に伴う紋別市長選挙が11日、告示されましたが、現職の宮川良一氏以外届け出がなく、無投票で4選となりました。


 日本共産党紋別市委員会はこれまで宮川市政に対し『是々非々』の立場で対応してきました。

 これからも、宮川氏の言う『希望と感動の街づくり』とはどういうものか、しっかり見極めながら、住民の立場で積極的に提案、監視をしていきます。

 また、5月に発覚した市職員の加重収賄による逮捕・起訴事件は極めて重大です。

 2010年にも宮川市政のもとで元市職員による横領事件が発生しており、繰り返される職員の不祥事に、市役所はどうなっているのか、と市民の不信も高まっています。

 4期目を迎える宮川体制が、この問題とどう向き合い、市民の信頼をどう回復させるのか、その決意と実行力に市民の厳しい目が注がれています。

 当選後初の定例市議会が7月4日に開会され、所信表明が行われる予定です。

 

障害者の就労支援会議に参加してきました

 6月9日、紋別市博物館の郷土学習室で開催された『障がい者就労支援連絡会 紋別』に参加してきました。


 主催は、北見市にある「オホーツク障がい者就業・生活支援センター・あおぞら」で、市内の障害者施設の関係者だけでなく、周辺自治体の職員や農協、水産加工、生協の関係者も参加し、障害者の就労支援について話し合いが行われました。

 議員での参加は私一人でしたが、多方面からの参加者に、障害者の就労支援がすこしづつではあっても、広がっていることを実感しました。

 事例として報告された「滝上リハビリセンター」で清掃の仕事に就いている知的障害を持つ青年の話は、興味深く聞きました。

 なれない清掃の仕事。

 それに戸惑う事業者側。

 障害者にどう接し、どう仕事を覚えてもらうのか。試行錯誤が続いたといいます。

 障害者の職場での支援を行う専門職「ジョブコーチ」の援助を受け職場環境を改善し、今では立派に業務をこなしているといいます。

 リハビリセンターの方は、障害者雇用という側面だけでなく、様々な面で気付くことが多く、人材育成にも役立っている。と述べていました。

 この青年も発言し、「覚えることが多く大変だった。これからは、廊下を一人でできるようになりたい。たくさんお金を貯めて、両親を旅行に連れていきたい」と語り、大きな拍手に包まれました。

 法律では、従業員50人以上の規模の企業では2%以上の障害者を雇用する義務があります。

 しかし、ハローワーク紋別管内では、対象企業15で23人程度の障害者雇用が義務付けられていますが、実際は17人程度。

 2%の雇用義務を達成している企業も7つしかない状況です。

 障害者の雇用を広げるには、私たち自身が障害者への理解を深めること、障害者トライアル雇用制度のような企業への国の助成制度を拡充すること、障害者自身も就労につながる教育や訓練を受けられる仕組みを数多く作ること、などが必要です。

 この会議には、紋別市からも障害者就労に関する報告がありました。

 就労継続A型「植物工場」を開設し、今後はグループホームの建設などを検討しており、障害者が社会の一員として、安心して紋別に住み続けられるよう、障害者就労をマチの戦略的課題に位置付けている、との発言がありました。

 それが、言葉だけにならないよう、しっかり見守っていかなければ…と思っています。

2017年5月25日木曜日

なぜ、こんな事件が繰り返される~市職員逮捕

 5月12日、紋別市職員が逮捕されるというショッキングなニュースが流れました。

 エゾシカの捕獲用のわなの入札にかかわって、業者が落札でるよう便宜を図り、見返りに100万円を受け取ったとされる加重収賄の容疑です。

 13日に記者会見を行った宮川市長は次のようなコメントを述べました。

 『昨日、当市建設部都市建築課主任菅原猛が加重収賄の容疑で逮捕されました。このたびの市職員の逮捕につきまして、誠に残念であり、遺憾に思います。市民の皆様には大変なご心配、ご迷惑をおかけしましたことに心よりお詫び申し上げます。
 
 平成27年の秋ごろから、当該職員についての匿名の投書が複数あり、そのたびに本人に対し、市で事実確認を行ったところでありますが、調査には限界があったことから、昨年12月に紋別警察署に相談し、資料の提供など捜査に協力をおこなってまいりました。
 
 市といたしましては、このような事態にならないことを望んでおりましたが、残念な結果になったところであります。今後は関係職員に対する事情聴取等もあると思われますが、従来同様、警察の捜査に誠意をもって最大限の協力をして参ります。
 
 尚、捜査の経過をふまえ、しかるべき時期に、私共として、しっかり説明責任を果たして参りたいと考えております。
 
 最後になりますが、今後とも信頼回復に、職員一丸となり、取り組んでまいりますので、ご理解をよろしくお願い申し上げます』

 事件全容は、今後の捜査にゆだねられますが、どうしても気になるのは、紋別市役所全体としての問題です。

 7年前の2010年3月、元市職員による公金横領事件が発覚しました。その時のショックは、今回の比ではありませんでした。
 
 だからこそ市はこの事件を受けて、2010年の9月に「不祥事防止アクションプラン」を作成し、翌年の2011年3月に「市職員倫理規定」と「市職員等からの公益通報に関する規定」を作成しました。

 さらに2012年3月には、「職員不祥事検証報告書及び再発防止計画書」を作成、公表したのです。

 そして2015年4月、「紋別市職員等の倫理及び公正な職務の執行の確保に関する条例」(倫理条例)を制定したのでした。

 忘れもしません。市議会も2010年9月に100条委員会を設置し、真相究明にあたりました。私も委員として、1年以上に及ぶ審議と調査を経験しました。

 さらに、「倫理条例」を制定すべきと、一般質問で繰り返し訴えてきました。

 まさに、市も市議会も血のにじむような議論と努力を重ね、二度と不祥事を起こさせないと誓い、決意したはずでした。
 
 今回の事件は、まさにこの議論の最中に起きていたのです。だからこそ、なぜと、どうしても思ってしまいます。結局、それらは「絵に描いた餅」だったのか、形だけの飾りだったのか、と。

 なぜ、こんな事件が繰り返され、なぜ、チェックできなかったのか。原因は、根が深いような気がしています。

 頑張っている多くの職員のためにも、早く信頼を回復しなければなりません。しかし、ただ規則を厳しくしたり、監視を強めたりで解決するものではありません。それは、かえって息苦しさを強めるだけです。

 公務員としての自覚と誇りを培うことが大切です。それは、住民の利益を守り、住民と一緒に街づくりを進めるという気概を持った、やりがいのある仕事であることが前提です。情報を共有し、風通しの良い職場をどう作るかです。今の紋別市役所に、それがあるのかどうか。本質に立ち入った検証が必要です。

 でも、同じことを7年前にも言っていたような気がするんですが…

  

2017年5月24日水曜日

戦争も核兵器もない世界へ~原水爆禁止平和行進

 今年も原爆被爆地広島・長崎をめざし、核兵器の全面禁止と廃絶を訴え歩く、『2017原水爆禁止国民平和大行進』が5月9日、紋別市に到着しました。

 行進者の鈴木猛さんと雄武の福原町議と興部町で待ち合わせし、硲興部町長、菊池西興部村長、長屋滝上町長をそれぞれ訪問し、ヒバクシャ署名と募金に協力していただきました。

 核兵器の禁止の話題はもちろんですが、それぞれの街づくりの話も、それぞれに興味深く楽しいものです。

 興部町ではバイオ発電の話が、西興部村ではシカ撃ちによる町おこしが、滝上町では芝桜の話が、それぞれ話題になり、今度じっくり話を聞きに来たいものだと思いました。

 その夜は、鈴木さんを囲んでの平和集会を市内で開催しました。題して「戦争も核兵器もない世界へ~私たちの未来を考えるパート6」。そうなんです。平和集会は今年で6回目。東日本大震災の年から始め、原発と核との関連などを学習してきたのです。

 今年のテーマは、「核兵器禁止条約の展望」です。鈴木さんと私とで国連での取り組みなどを報告しました。


報告する行進者の鈴木猛さん

 私も報告するにあたって、これまでの核兵器禁止に向けた運動と核保有国の動きを学ぶことができ、いい勉強になりました。

 今日の「赤旗」に「核兵器禁止条約の草案が公表された」という記事が載っていました。いよいよ、核兵器禁止条約が現実味を帯びてきたようです。期待したいですね。

 翌10日、紋別市役所、紋別市議会、紋別市教育委員会を訪問。署名と募金に協力してもらいました。

 

「共謀罪」阻止へ怒りの集会

 21日、「戦争させない、9条壊すな!紋別実行委員会」主催による「共謀罪阻止、紋別集会・アクションアピール」を「氷紋の駅」前で開催しました。

 何人ぐらい来てくれるだろうと不安もあったのですが、総勢30人以上の参加で、にぎやかに、元気の出る集会になったと思っています。



 私の出番は情勢報告。共謀罪の本質は内心を処罰すること。監視社会を強めること。「準備行為」も「一般人」も規定はあいまいで、結局捜査当局が決めてしまうこと。テロ対策にならないこと。などを話しました。そして最後に、戦前の治安維持法によって物言えぬ日本となり、侵略戦争に駆り立てた歴史の教訓を繰り返してはならない、と訴えました。


 続いて参加者からのスピーチなのですが、当初は一人ぐらいしか予定していなかったものが、次々に手が上がり5人の発言となりました。

 「国民に十分に中身を知らせないまま無理やり通そうとするのは許せない」「ダメなものはダメと自由に言える社会のためにも、私は共謀罪に反対する」「安倍首相は9条まで変えるといった。日本は戦争の歴史をきちんと学ぶべきだ。共謀罪は戦争への道につながると思う」―

 子ども連れで参加した夫婦は「子どもたちに恥ずかしくないよう、自分の意見をしっかり持ち、しっかり発言したい。だから物言えぬ監視社会はいやだ!。みんなももっと声を上げよう」と訴えました。小さな子どもたちがマイクを握るお父さんにしがみつく様子に、こちらも胸が熱くなりました。

 

 最後に、「共謀罪はただちに廃案」「共謀罪は絶対反対」とシュプレヒコールを上げ、集会を終えました。

 テレビでは国会前などで反対集会の模様が流れますが、紋別では無理では…。そんな思いもあったのですが、やはり「黙ってはいられない」と考えている市民が多くいることを実感しました。

 国会の舞台は参議院に移りましたが、たたかいはまだまだこれからです。諦めず、声を上げ続けよう。




2017年5月19日金曜日

「共謀罪」法案阻止の緊急集会を行います

 「共謀罪」法案が今、衆院法務委員会で可決されました。

 内心を処罰の対象にし、市民への監視社会を一層強めるものです。

 紋別9条の会などを中心に、「戦争法」反対集会の実行委員会として発足した「戦争させない、9条壊すな!紋別実行委員会」主催で、「『共謀罪』法案阻止、紋別集会・アクションアピール」を開催します。

 21日、10時から、氷紋の駅前です。

 監視社会をつくり、心の自由を奪い、平和を求める声を封じ込める「共謀罪」を許さないたたかいを、いっしょに始めましょう。





2017年5月12日金曜日

おふくろの13回忌

 先日、おふくろの13回忌を行いました。

 久しぶりに里帰りした息子と娘、札幌の妹夫婦、紋別のいとこ夫婦といった身内ばかりの法要です。

 あれから13年か、と思います。76歳でした。
 
 父を早くに亡くし、晩年は耳が全く聞こえない状況でした。入院してから、あっという間に逝ってしまいました。

 振り返ると、後悔が募ります。入院して間もなく、呼吸を楽にするため気管を切開し人工呼吸器を装着しました。その時から、話すことができなくなりました。

 医師は、いずれ装置を外し、元のようになる、と言っていたのです。だから私も承知しました。

 しかし、事態は好転しませんでした。最後まで、人工呼吸器は外せなかったのです。
 
 何も聞こえないまま、話すこともできないまま……

 何か言いたいことはなかったのだろうか。今もふとそんなことを思います。

 あれから13年。めったに帰ってこない息子、娘が今夜はいます。おふくろに会いに来ています。久しぶりの一家団欒です。

 おふくろ、ありがとう
 

 

しゃべり場inオホーツク

 先日、「しゃべり場inオホーツク」という催しに参加してきました。

 といっても、10人程度のこじんまりとした集まりですが、それがなかなか中身の濃い集まりでした。

 今の時代、今の政治状況に疑問を感じ、自分たちにも何かできないか、と集まったメンバーたちです。私にとって、多くが初対面です。

 最初に声をかけたKさんは子育ての真っ最中。それだけに閉塞した今の社会、戦争法や共謀罪といった平和や民主主義、内心をも踏みにじる政治状況に疑問を感じるといいます。この子らに、このままの社会を引き継がせるわけにはいかない、といいます。

 だからこそ、職場などではなかなか言えない思いを自由にしゃべろう、語り合おう、というのです。

 もちろん市議会議員は私一人。議会とはどんなところなのかと、いろいろ質問も出ました。

 政治に環境問題に子育てと、話は次々と展開します。でも、出た結論は、もっともっと知らなければならないことがたくさんあること、真実を見極める目を持つ必要があるということでした。

 みんなで、この会をさらに続けようと確認し合いました。

 参加者に子育て世代が多いため、会場には子どもがたくさん。走り回る子どもたちに思わず目を細めながら、「平和が一番」とあらためて思いました。

 若い人たちを中心に、こんな場ができたこと。私も参加できたこと。嬉しく思い、今後が楽しみとなりました。

市政報告会を行いました

 4月23日、3月議会の報告を中心に「野村淳一市政報告会」を、郷土博物館の郷土学習室で行いました。

 18人の皆さんが参加してくれました。


 3月議会では、おおきく4つの項目を取り上げました。地域医療、介護事業、障害者福祉、子育て支援です。

 地域医療の問題では、特に病床数を一方的に削減する「地域医療構想」を取り上げ、ますます医療難民が増加すると訴えました。この地域のセンター病院である「広域紋別病院」とも、紋別医師会とも、もちろん北海道の「紋別保健所」とも意見交換をさせていただきながら、質問を準備しました。

 介護保険事業では、とくに地域支援事業における包括的支援事業について質問しました。そのなかでも、来年度には実施が義務付けされている「認知症初期集中支援チーム」と「認知症サポート医」についてただしました。特にサポート医の確保には、市の担当者も苦労をしています。そのために、紋別市として独自の支援措置を実施するとしたことは評価できます。視察に行ってきた砂川市の例なども大いに参考になりました。

 障害者福祉では、「植物工場」における紋別高等養護学校の卒業生の雇用についてただしました。積極的に高等養護の卒業生を雇用するよう「雇用枠」を設けるというのですが、その分、事業所の運営が厳しくなることも考えられ、検討が必要です。この間、市や事業所と何度も懇談し、意見を交わしてきました。

 子育て支援では、妊婦健診の公費負担の回数の拡大、乳幼児の紙おむつ用ゴミ袋の無料支給、保育士の賃金アップ、ひとり親家庭への資格取得補助の実施、就学援助の対象費目の拡大といった成果がありました。また、就学援助の新入学準備費の3月支給も検討する、との答弁がありました。他市の議員さんからの情報や子育て中のお母さんから、多くの意見を頂戴し、質問を準備しました。

 これらの内容を報告し、その後会場から様々な質問や意見が出されました。

 特に国保についての質問は、大いに関心を呼びました。来年度から都道府県化する国保事業。いったい、どう変わるのか、国保税はどうなるのか、当然関心も強くなります。

 今のところ、道の試算が出ていますが、紋別市の場合は引き上がる予定です。しかし、払うの限界です。引き上げを抑えるために市としてできることは何のか。次の議会の重要なテーマとなりました。
 

 

共産党の地方議員として

 私の住む紋別市は遠紋地域と呼ばれています。紋別市、遠軽町、湧別町、佐呂間町、興部町、西興部村、雄武町、滝上町で構成されています。

 この遠紋地域には、日本共産党の地方議員が私を含め4人います。

 遠軽町の岩沢武征町議、佐呂間町の但木早苗町議、雄武町の福原峰雄町議です。

 実は、この4人のメンバーでほぼ毎月1回のペースで会議を行っています。それぞれの議会での議論のやり取りを交流したり、それぞれの街の課題について意見交換したりと、いつも時間が足りなくなるくらい話に花が咲きます。

 それぞれの議員は、皆、共産党としてはその街で一人です。それだけに議会活動に苦労も多いものです。

 とかく、オール与党、なんでも賛成の議会の中で、住民の利益を守り、ひとり反対の立場を貫くこともしばしばです。
その時、ひとり「異議あり」と議場で叫ぶ勇気も必要です。

 そんな思いを共感しあい、励まし合い、同志として次のたたかいに向かうべく、新たな勇気を持てる場でもあるのです。

 先日も、このメンバーで集まりました。3月議会の交流を行い、それぞれに意見交換をしました。

 もちろん、どの議員も毎回一般質問に立っています。それだけに、お互いに参考になることが多いのです。

 それぞれの街の状況も出されます。

 雄武町では、今年度から小中学校の学校給食費が無料になったことが紹介されました、管内では小清水町に次いで2例目です。さらに、高校でも給食を要望しているとのことです。

 佐呂間町では、高齢者向けの低家賃の集合住宅建設が決まったことが紹介されました。高齢者の住まいの問題は、どの街でも重要な課題です。特に低家賃の住宅建設は、先駆的な取り組みです。

 遠軽町では、丸瀬布厚生病院の存続問題が語られました。一方的な病院廃止、診療所化に住民の不安が広がっているとのこと。地域医療の確保は、どこも最重要課題です。さらにJR問題も重大です。

 この日、このメンバーで4月にオープンした紋別市の「植物工場」を見学してきました。規模の大きさにびっくりした様子。障害者の雇用に役立つ施設として、皆大いに関心を寄せていました。

 4月初めに見たときに比べ、ベビーリーフは順調に生育し、緑の色が目に鮮やかでした。

 今年の9月に佐呂間町で、10月に遠軽町でそれぞれ町議選挙が行われます。どの議員もみな、議会だけでなく、住民の利益を守り、住民と共同しながら政治に取り組んでいます。

 なんとしても、共産党の議席を守りたい。強くそう思います。