2015年8月10日月曜日

南相馬の子どもたち~西代表、南相馬の今を語る

 南相馬の子どもたちの二日目は、紋別市内めぐりが中心です。

 とっかりセンターでアザラシに触れ、流氷科学センターで流氷を体験し、昼食はラーメンを味わい、昼からは流氷公園で思いっきり遊びまわりました。

 とは言え、私は仕事で参加できませんでした。後から聞いた話では、流氷公園が一番気に入ったらしく、広い敷地を思いっきり走りまわっていたそうです。

 夜が私の出番なのです。

 実は今回のツアーには、子どもたちの引率として「NPO法人南相馬こどものつばさ」の代表、西道典さんが同行してくれていました。

 代表じきじき紋別に来てくれることは初めて。そこで、せっかくの機会なので、西さんに現在の南相馬市の現状を話していただこうということになったのです。

 そしてこの夜、西さんの話を聞く会を紋別セントラルホテルで開催することになりました。その会の司会を私が努めることになったのです。

 20人ほどの市民が集まってくれました。

 最初に、紋別の「南相馬の子どもたちを招く会」の代表、桒原務緒さんがあいさつ。これまでの取り組みと経過を報告しました。放射能の汚染におびえる子どもたちを少しでも解放したい。そんな気持ちで始めたこの企画も今年で3年目。喜ぶ子どもたちの笑顔がうれしい、と話しました。


 次いで西代表。実は西さんは、南相馬市の男山八幡神社の宮司さんなのです。もちろんあの日、神社も大きく地震の被害をうけました。



 その時、西さんはPTAの会長をしていました。放射能の被害は明らかになるにつれ、子どもたちはいつも長袖の服で、外に出られない状況になりました。

 その時、支援に来ていた鎌田豊医師の助言で、子どもたちを一か月でも、一週間でも、二日間でも、この地から遠ざけることの重要性を知ったと言います。

 そこで立ち上げたのが「南相馬こどものつばさ」です。全国に、子どもたちの受け入れを呼びかけ、その集約と運営、手配を一手に引き受けてきました。

 震災の翌年には、ひと夏で1000人の子どもたちが全国に出かけました。

 西さんは言います。今でも、子どもたちの心のストレスは大きいと。あの日までは、普通に行っていた海にはもう近づけない。普通に駆けまわっていた裏山には登れない。普通に釣りをしていた川には入れない。

 いつ帰れるのかわからない仮設住宅での生活、親子がバラバラになってしまった生活、住む場所も、親の仕事も変わり不安の中での生活。それらが、子どもたちの心を痛めている。

 だからこそ、このような取り組みがまだまだ必要であり、受け入れてくれたみなさんに感謝したい。

 子どもたちには、そんな大人たちの背中を見てほしいと思っている。そして、いろんな暮らしがあることを、いろんな仕事があることを知ってほしいと思っている。この経験を、これからの糧にしてほしいと思っている。と語りました。

 私も2年前、南相馬市に行ってきました。いまだ、放射能の汚染で帰れない小高地区にも行ってきました。津波で壊れた家が、手つかずでそのままでした。ショックでした。



 仮設のプレハブ校舎の小学校にも、胸が痛みました。


 その現実は、基本的に変わっていません。

 あれから4年。だんだん被災地の現状は忘れられ、後回しにされているような気がします。

 何が、新国立競技場に2500億円なのか、何が「戦争法案」なのか、何が川内原発再稼働なのか、何が辺野古新基地なのか。今、急ぐべきことは、はっきりしている。


 

2015年8月6日木曜日

安心してお産ができる街に~遠紋地区の周産期医療を

 遠軽厚生病院の産婦人科医師の減少は、地域に大きな波紋と不安を広げています。

 3人の産婦人科医師のうち2人が9月いっぱいで退職し、旭川医大に戻ることになっています。残る一人の医師の去就も、まだ定めっていません。

 この地域の周産期母子医療センターとして、多くのお産を手掛けてきた遠軽厚生病院で出産できなくなることは、文字通り、遠紋地域全体の死活的問題でもあります。

 私も、一般質問で取り上げましたが、それだけで終わりにするわけにはいきません。そこへちょうど、道議会で共産党の真下紀子道議が代表質問で小樽の産婦人科問題を取り上げたことを知り、早速道議会の共産党道議団に連絡を取り、16日、直接訪ねました。

 小樽でも産婦人科医師の減少に苦しんでいること、そこでは「後志地方の周産期医療を守る会」をつくり住民運動を展開していること、やはり住民の運動とパワーが必要であることなどを学び、資料をいただきました。

 早速28日、遠紋地区の共産党の地方議員に声をかけ、会議を行いました。

 そこで議論したのは、周産期医療とは何か、なぜそれが大事なのか、その体制をどう維持すべきか、そのための道・国の責任とは、などでした。

 確かに、医師の招聘は簡単ではありません。しかし、身近なところで安心して出産できる体制づくりとハイリスク分娩に対応する周産期医療の確立は行政の責務であり、特に道の責任が大きいこと。そのためにも、遠紋地域全体の周産期医療を守る取り組みが必要なこと。そのための住民との取り組みをすすめよう。ということになりました。

 その場から、まずは経過と現状を知るために遠軽町との懇談を行うべく連絡。8月4日、副町長との懇談が決まりました。
 

 

南相馬の子どもたちがやってきました

 5日6時30分、南相馬の子どもたちが無事紋別に到着しました。これから9日まで、紋別で過ごします。

 今回は、全員が女子で、小学生11人。早速、大山山頂のコテージ2棟に分かれ、小休止の後、ウエルカムパーティーの始まりです。

 会場は、大山山頂にある「山カフェ」。実行委員長の桒原さんが経営するカフェです。

 食事は、「キッチンしま」の島竹シェフによる特製カレー。それに「やきとりばんちゃん」の鶏の半身揚げ。

 疲れも見せず元気に食事。よかった。

 いよいよ今日からは、わくわく体験オホーツクがスタートです。今日は、紋別市内を中心に回ります。アザラシと触れ合う「とっかりセンター」、「流氷科学センター」で流氷体験、「オホーツクタワー」で海中を体験し、流氷公園で思いっきり遊ぶ。ざっとこんなスケジュール。

 私の出番は、夕方から。今夜、講演会が企画されているのです。私は、その司会です。

 実は今回、子どもたちの引率に、「南相馬こどものつばさ」の代表である西道典さんが参加しています。

 子どもたちを被爆から遠ざけるためにと、「こどものつばさ」を立ち上げてきた方です。

 せっかく、紋別に来てくれるなら、今の福島、南相馬を語ってもらおうと言うことになり、講演会が決まったのです。

 今日、7時から、セントラルホテルで行います。ぜひ、参加してみてください。

 明日は、みんなでお隣の興部町にお邪魔します。私も朝から出番です。

2015年7月31日金曜日

木質バイオマスセミナーに行ってきました

 7月17・18日と江別市で行われた「2015北海道森林・林業・木質バイオマスセミナー」に参加してきました。

 このセミナーは、北海道木質バイオマス機械協議会の主催で、林野庁や道庁、森林組合、自治体などの関係者が木質バイオマスの現状と課題、活用などについて報告、意見交換するもので、2日間とも中身の濃い内容でした。

 このセミナーのコーディネーターを務めた北大の山形定助教から案内をいただいたもので、紋別の住友による大型木質バイオマス発電所に関する勉強もかねて出席しました。

 会場には、紋別市の職員の顔もありました。

 

 基調報告は大友詔雄氏。ネルク(自然エネルギー研究所)の所長で、北海道における自然エネルギー研究の第一人者です。

 私も、何度もお会いし、刺激を受けた人です。


 話しは明快です。木質バイオマスなど、地元の自然エネルギーを活用すれば、エネルギーの地産地消となり、経済の地域内循環を促進し、雇用を創出できるというものです。

 足寄町、芦別市、美幌町など、大友さんがかかわってきた実践例が紹介され、説得力を持って胸に響きました。

 そこに共通するのは、行政も民間も合わせて「まちづくり」という観点です。

 大友氏は一方で、木質バイオマスによる発電事業については効率が悪く、本場のドイツでは撤退している状況であり、何より原材料の安定的供給が課題であり、その運搬費用などがネックになっている、と報告されました。

 課題の大きさを感じました。

 私も、紋別の場合、年間20万トンのチップが必要とされる中で、それが安定的に供給され続けるのか、山の資源管理と併せ、問題が生じないのか懸念を持ってます。

 実際、このセミナーでも、林地残材の賦存量や搬出方法、チップ化について議論がありました。というより、これらが主なテーマでした。

 その内容を聞くと、国有林も道有林も民間林も、確かに林地残材・間伐材は多く存在するが、それを効率よく搬出し、活用するまでには、まだまだ課題が多く、時間がかかる。それらが共通した内容だったという印象を持ちました。

 セミナーで圧巻だったのは、下川町の実例でした。下川町はまさに熱電エネルギーの自給自足をめざしている街です。

 情熱と確信、誇りを持って語るバイオマス戦略室のリーダー山本氏。今度、あらためて下川町にお邪魔することを約束してきました。

 果たして紋別の木質バイオマス発電所はどうなるのか。このセミナーで、また問題を深めた気がします。

 会場の外では、木質バイオマス関連の機械の展示も行っていました。





2015年7月9日木曜日

今年もやります~南相馬とさん喬落語会

 今年も私が参加する2つのイベントが近づいてきました。

 一つは、福島県南相馬市の子どもたちを招き、安心して元気に外で遊んでもらう企画「わくわく体験オホーツク」。

          昨年の南相馬の子どもたちです
 
もう一つは、古典落語の第一人者柳家さん喬師匠をまねいて開催する「紋別落語会」。

           昨年の、さん喬師匠の高座です
 
 どちらも私にとっては、ワクワクする楽しみなイベントです。

 どちらも、準備に向けて会議が開催されました。

 福島第一原発事故による放射能汚染で十分に外で遊べない福島県の子どもたちを招いてきたこの取り組みも、今年で3年目を迎えます。

 南相馬市の小高地区は、いまだに帰還できず、不自由な避難生活が続いています。

 しかし、震災から4年が経ち、関心や支援が希薄になってきているのも事実です。

 それだけに、この取り組みを継続するのは、意味があると感じます。

 同時に、ボランティアや資金面での厳しさも増えているのも事実です。実行委員会では、物心ともに協力を呼びかけています。

 今年は、8月4日から10日まで、11人の児童がやってくる予定です。

 紋別市のオホーツクタワーやゴマちゃんランド、ガリンコ号などを巡るのはもちろん、雄大な自然の中で思いっきり遊べるコムケ湖でのカヌー体験なども用意されています。

 どちらも子どもたちにとっては、感動と興奮の連続です。

 今年、還暦を迎えるわが身にとっては少々しんどくもありますが、楽しみでもあります。

 どんな子どもたちに出会えるか、ワクワクしています。

 柳家さん喬師匠を迎えての落語会も楽しみです。

 今年も、実行委員長を仰せつかりました。がんばらねば

 日時も決まりました。9月9日、午後6時30分、紋別文化会館ホール、前売り券2000円、75歳以上1500円(当日券は各500円プラス)

 ぜひ、お越しください。

 この落語会も今年で6回目。いままでいろいろな噺を楽しんできました。

 兄妹の情をつづった「妾馬」、花魁と職人の恋物語「幾代餅」、
つらい行商で出会う人情「唐茄子屋政談」、娘が身を売った金で…「文七元結」、古い木像から小判が…「井戸の茶碗」、蕎麦をたぐる姿が秀逸「時そば」、腐った豆腐の味は…「ちりとてちん」

 などなど。どれも忘れられない噺ばかりです。

 さて、今年はどんな噺がでるのやら、いまからワクワクしています。

 さて、さらに「戦争法案」をめぐる国会も9月まで延長され、平和の闘いはまだまだ終わりません。

 今年の夏も、忙しくなりそうです。

今日も元気に街頭宣伝

 「戦争法案」反対の街頭宣伝を行いました。
 
 久しぶりの青空。

 マイクを握る手にも自然と力が入ります。



 
 帰り際、バイパス沿いにハマナスの花がきれいに咲いているのを見つけ、季節を感じました。



2015年6月29日月曜日

「障がい者就労支援連絡会 紋別」に参加して



 6月24日、オホーツク地域に住む障害者の就労状況の把握と生活を支える地域づくりをすすめようと『平成27年度 障がい者就労支援連絡会 紋別』が開かれ、私も参加してきました。

 この会議は、「オホーツク障がい者就業・生活支援センターあおぞら」が主催したもので、遠紋地区の障害者福祉関係者が集まりました。

 最初にハローワーク紋別から紋別地域の障害者就労の状況が報告され、次いで障害者を直接雇用している滝上町の社会福祉法人から実践例が紹介されました。

 少しづつながら障害者への理解が広がる中、一般就労も増えつつあると言いつつも、その厳しい現状は変わりません。

 なにせ、経済状況が厳しいのですから、企業側も苦しいのは同じです。

 今、紋別のハローワークに登録している障害者の有効求職者は26人程度。

 でも、そのうちの半数以上が数か月も連絡がないと言います。

 「その人たちは今、どういう状況にあるのだろうか。障害者福祉と連携しているのだろうか」―そんなことが心配になります。

 そして次のテーマは、障害者の福祉的就労、就労継続B型についてです。

 今年度から軽作業を中心にする就労継続B型を利用する場合、就労移行支援事業所に通い、アセスメントという調査や訓練を1か月にわたって受けなければならなくなりました。

 しかし、その就労移行支援事業所は、管内には北見市と網走市にしかありません。

 高等養護学校の卒業生のうち3分の1は、この就労継続B型を希望しています。

 紋別市から北見や網走に通い続けるのは、初めから無理というものです。

 国は、なぜそんな困難な制度にするのか、なぜ障害者の希望を壊すようなことをするのか。そんな思いが会場にあふれていました。

 特に、紋別高等養護学校の先生は具体的な例を示し、制度のより良い改善を訴えました。

 制度の説明に立ったオホーツク総合振興局の担当者も、国の姿勢に疑問を隠しません。

 「あおぞら」の担当者も、背景には国の福祉財政の削減があり、面積の広さなどの地域性はまったく考慮されていないと指摘します。

 地方に行けば行くほど、福祉の社会資源は厳しくなります。

 でも、そこにも、手助けをすれば働くことができ、働くことを夢見ている障害者がいます。

 そこにも、障害者を支援しようとする人たちが必ずいます。

 しかし、国の制度がそれを許さないのです。

 地方だからと言って区別や差別があってはなりません。

 来年4月から国が定めた『障害者差別解消法』がいよいよ施行されるのですから。